チェ・ゲバラはどのような性格だったのか

キューバを社会主義に導いた革命家、チェ・ゲバラという人物を知っているでしょうか。

彼は決して軍人等ではありませんでした。

むしろアルゼンチン出身の医者であり、しかし社会主義に傾倒してカストロが率いる反乱軍に加わった人物です。

その人気は未だに衰えることを知らず、社会主義国家が次々と減少していく中においても彼の肖像画を見たことがないという人物はいないのではないでしょうか。

それならば、チェ・ゲバラとはどのような性格をしていたのでしょうか。

ここでは革命家の活動としてではなく、チェ・ゲバラの生活について紹介します。

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理想主義者

まず、チェ・ゲバラは徹底した理想主義者でした。

南アメリカをオートバイで縦断する旅に出たとき、社会的な格差や差別を目にし、鉱山労働者やハンセン病患者たちにも出会いました。

また、当時南アメリカはアメリカを中心とする資本国家に搾取されており、平和を取り戻すためにはアメリカの支配から抜け出すなければならないと強く感じた人物でもあります。

人間の力を信じ、人間同士をつなげた理想主義者でした。

最終的には独自の理想主義を周囲に理解してもらうことができず、徐々に孤立していってしまったわけですが、そんなチェ・ゲバラは特に部下からとても下割れたと言われています。

しかし、同時に理想主義が行き過ぎてしまい、同僚からは人気がない性格だったとも言われています。

欲がない

さらにチェ・ゲバラの性格としては、無力であったということが挙げられます。

キューバ革命を成功させた後、チェ・ゲバラはキューバ市民権を手にしました。

カストロに次ぐ第二の地位を与えられたにも関わらず、彼は決してそれに満足することがなく、さらに人々を支配しよう、自分の思い通りにしよう、などという事は一切ありませんでした。

むしろキューバに滞在する気がなく、次はどこで革命を起こそうか考えていたとも言われています。

キューバの国立銀行総裁を歴任した後もせっせとボランティアに励み、労働者を激励していました。

その欲にまみれない性格は多くの人に人気があったと言われています。

情熱的

さらにチェ・ゲバラの性格を一言で表すならば情熱的だったと言えるでしょう。

そもそも、医者を目指す位の人がカストロの考え方に共鳴し、その場で反乱軍に加わってしまったのです。

さらに2人目の妻、アレイダをこよなく愛していました。

彼女は22歳の時、上半身に絆創膏で軍資金を隠してチェ・ゲバラのところにやってきたことにより、2人の付き合いが始まります。

チェ・ゲバラが屋根から飛び降り、腕の骨を折った時はアレイダが黒い絹のスカーフで手当てをし、そのスカーフはチェ・ゲバラの棺に収められたと言われています。

熱烈に自分を愛して欲しいとアレイダに述べたこともよく知られていますね。

まとめ

いかがでしょうか。

革命家というとどうしても力強い、乱暴、などというイメージがあるかもしれません。

しかし彼は人間力を信じ、魅力にあふれた人物でした。

だからこそ、今でも多くの人に慕われているのでしょう。

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