チェ・ゲバラは実は医者だった!?

革命家、チェ・ゲバラを知っているでしょうか。

ベレー帽をかぶった姿は未だに「イケメン」と評されることもあり、さらにその顔は未だにキューバの壁画やシャツに利用されるなど、人々の関心を集めている人物でもあります。

革命の英雄として知られるチェ・ゲバラは実は医者だったのです。

なぜ医者が革命に傾倒していったのでしょうか。

ここでは医者としてのチェ・ゲバラについて解説します。

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祖母の死をきっかけに医者を目指す

チェ・ゲバラはもともと喘息に悩まされており、家族はその療養のために空気の綺麗な場所を転々としていたと言われています。

革命家と聞くと強そうなイメージがありますが、実は生涯喘息に悩まされていました。

しかし学問のみならずスポーツにも力を入れ、そして最愛の祖母ががんで亡くなったことをきっかけに医者を目指すようになったのです。

チェ・ゲバラはブエノスアイレス大学の医学部に進学しました。

南アメリカ縦断の旅へ

もともと差別や貧富の差など、理不尽と思われる社会情勢に関心を抱いていたチェ・ゲバラは、学生時代にオートバイで南アメリカ縦断を行いました。

そこで様々な社会問題を目にし、徐々にマルクス主義に傾倒していきます。

鉱山労働者やハンセン病の患者などの弱者をその目で見たことも彼の考え方に大きな影響を与えました。

本来は6年かけて卒業する医学部を3年で卒業したチェ・ゲバラはあまりアルゼンチン国内で医者になる気にならず、その後訪れたボリビアでアメリカ合衆国の影響から脱しなければ平和は訪れないと考えるようになったのです。

カストロとの出会い

アメリカの支配を脱しなければならないと考えたチェ・ゲバラは、その後キューバで反政府運動を行ってメキシコに亡命していたカストロ兄弟に出会いました。

チェ・ゲバラはカストロの考え方に共感し、カストロ率いる反乱軍の軍医としてキューバに密航することを決めました。

82名の仲間を乗せたレジャーボートでの渡航は容易ではなく、特に日中に上陸したこともあり、バチスタ軍の集中砲火によって多くの仲間を失いました。

しかし、残った十数人の反乱軍は2年後、バチスタ政権を打倒してしまったのです。

まとめ

いかがでしょうか。

医者としてのチェ・ゲバラは医者として活躍したのではなく、むしろ軍医として革命軍に加わり、カストロと共にゲリラ戦を行ったのです。

ここに、医者でありながら革命家として慕われるチェ・ゲバラの姿を見ることができます。

その後カストロとはソ連への対応から決別していきますが、これはゲバラが革命家として踏み出す一歩となりました。

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