チェ・ゲバラの理想とその功績とは何か

革命家のチェ・ゲバラという人物を知っているでしょうか。

カストロとともにキューバ革命を実現させた人物であり、あの偉大な音楽家、ジョン・レノンも「彼ほどかっこいい革命家はいない」と評価された人物でもあります。

そんなチェ・ゲバラは理想主義者と言われ、貧富の差や差別等に心を痛めました。

ここではそんなチェ・ゲバラの理想と功績について解説します。

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医者を目指したチェ・ゲバラ

チェ・ゲバラは未熟児として生まれ、生まれた時から喘息を患っていたと言われています。

愛する祖母が癌で亡くなったことにより、チェ・ゲバラは医者を目指すようになりました。

アルゼンチンのブエノスアイレス大学医学部に進学し、翌年かけて終了するべき過程を3年で終わらせる努力家だったと言われています。

在学中に1度オートバイで南アメリカを縦断しました。

その時に社会的な格差を目にし、マルクス主義に傾倒していきます。

医師免許を取った後はアルゼンチンで医師になる気になれず、もう一度南アメリカを縦断しました。

その時に鉱山労働者やハンセン病患者と会い、弱者に関心を持つようになります。

さらにボリビアの農業改革を見て、チェ・ゲバラはアメリカの支配から脱出しなければ真の平和は訪れないと考えるようになったのです。

これこそがチェ・ゲバラの理想でした。

カストロの反乱軍に加わる

アルゼンチンで医師になる気にはなれなかったチェ・ゲバラですが、そんな時メキシコで亡命中のカストロに出会いました。

その考え方に魅力を感じたチェ・ゲバラは、カストロが率いる反乱軍の軍医として加わります。

総勢82名でキューバに密航しますが、日中だったこともあり、上陸と同時にキューバのバチスタ軍に攻撃され、諸説ありますが、約12名しか生き延びることができなかったとされています。

しかし、彼らは2日かけてバチスタ軍を制圧したのです。

カストロとチェ・ゲバラこそ、キューバを社会主義に導いた人物なのです。

これがチェ・ゲバラの主な功績です。

平和こそチェ・ゲバラの理想

チェ・ゲバラの究極の理想は平和にあったと言われています。

そんなチェ・ゲバラは1959年に日本を訪れ、池田隼人と会見した後、急に予定を変更して広島に向かいました。

彼は一瞬のうちに多くの人を殺害した原爆に関心を持っていたとされており、そんな彼は原爆資料館を訪れ、案内人に「こんな目にあわされてもなぜ怒らないでいられるのか」と述べたと言われています。

チェ・ゲバラの功績はキューバ革命でキューブを社会主義にし、社会的な弱者というものをなくしたところにもありますが、その後も平和を追求し続け、特に広島は平和を追求するならば絶対に訪れなければならない場所だと述べました。

その影響を受け、彼の娘のアレイダも2003年に広島を訪れ、講演を行っています。

南アメリカを出て、世界各地に平和の重要さを伝えたことも、彼の功績だったと言えるでしょう。

まとめ

いかがでしょうか。

チェ・ゲバラは革命家というだけではなく、非常に人望厚い人間でした。

日曜日もボランティアに出かけ、農園で農夫たちと汗を流し、工場の労働者を激励したと言われています。

私利私欲に惑わされず、真の平和を追求した人物として今も多くの人に慕われているのです。

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