チェ・ゲバラは喘息を患っていた!? 病弱な幼少期について

革命家と聞くと強そうなイメージを持ちますよね。

チェ・ゲバラのベレー帽をかぶった姿は未だにシャツなどにもプリントされるほど有名ですので、多くの人が目にしたことがあるでしょう。

そのような姿から尚更「強そうだ!」と思ったことがある人もいるかもしれません。

しかし、チェ・ゲバラは幼少の頃から喘息を患っていたと言われています。

強そうな姿に反し、実は一生涯喘息に悩んでいました。ここではチェ・ゲバラと喘息について紹介します。

スポンサーリンク
cheguevara-historyレクタングル大

喘息に悩んだ幼少期

チェ・ゲバラは未熟児として生まれ、幼い頃から喘息を患っていました。

アルゼンチンのペルー副王の末裔という裕福な家庭に育ち、両親は喘息で苦しむチェ・ゲバラを連れて療養のためにとあちこち引越しをします。

青年になっても喘息の薬と酸素吸入器を手放すことができないほどでした。

しかし、それでも学問のみならずスポーツにも積極的に取り組む、活発な青年だったのです。

医師を目指す

喘息を患いながらも学問に取り組んだチェ・ゲバラは医師を志すようになります。

愛する祖母がガンで死亡したことをきっかけに真剣に医者を目指すようになり、彼はブエノスアイレス大学の医学部に進学しました。

とても勤勉だったと言われるチェ・ゲバラは6年かけて卒業するべき過程を3年で卒業してしまったと言われています。

しかし、政情が不安定であったアルゼンチン国内で医者になる気にならなかったチェ・ゲバラは後にカストロに出会い、反乱軍の軍医として参加することになるのです。

弱者への関心

もともと喘息を持っていたチェ・ゲバラは、大学在学中にオートバイで南アメリカ縦断の旅に繰り出しました。

そこで貧富の差や差別などを学び、さらに鉱山労働者やハンセン病患者などと出会い、弱者と呼ばれる人たちに関心を示すようになります。

そしてアメリカに不当に搾取されているキューバの実情を知り、革命に興味を持つようになりました。

彼は革命家としてだけではなく人格者としても知られています。

時間が許す限り農園に行き、農夫と共に汗を流して彼らを激励するなど、人望が厚い人物でもありました。

彼の裁量に任された場合、捕虜を殆ど生きたまま解放したとも言われています。

まとめ

いかがでしょうか。

喘息で苦しみながらも実は葉巻が大好きだったというチェ・ゲバラは革命家として強そうなイメージを持たれていますが、実はとても人間らしい一面があったのです。

カストロに次ぐ地位を持ちながらも長年愛用のベレー帽と着古した戦闘服を大事にしたとされ、今でもキューバの人から愛されています。

スポンサーリンク
cheguevara-historyレクタングル大

cheguevara-historyレクタングル大

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする