チェ・ゲバラはなぜ広島にこだわったのか

キューバの英雄として知られるチェ・ゲバラは究極の理想主義者でした。

そんなチェ・ゲバラは来日した際、急遽予定を変更してまで広島を訪問しています。

かつて広島に足を延ばした有名人はたくさんいましたが、チェ・ゲバラもその中の1人でした。

なぜ彼は広島にこだわったのでしょうか。

ここでは、チェ・ゲバラが広島にこだわった理由について解説します。

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敢えて予定を変更して広島へ

キューバ革命を成功に導いた大物指導者は、来日した際敢えて予定を変更して広島を訪問しました。

彼は1959年7月に日本に来て当時の総理大臣、池田勇人と会見した後、予定になかった広島の訪問を強く希望しました。

慰霊碑に献花をしたあと、資料館を訪れ、特に案内人に「君たちはアメリカにこんなひどい目に遭わされて、怒らないのか」と述べたことはよく知られています。

なぜ広島に行ったのか

そんな大物の革命家であるチェ・ゲバラは、何万人もの人を一瞬で殺害した原爆に興味を持っていたと考えられています。

そうでもなければ、東京で総理大臣と会見した後にわざわざ広島にまで足を伸ばす必要はなかったでしょう。

また、チェ・ゲバラの長女であるアレイダ・ゲバラも2008年に広島に行き、ゲバラの妻であるアレイダの母親から「平和のために戦うためにはここを訪れるべきだ」と言われたと、講演を行いました。

広島を訪れて残した言葉

その後、ゲバラはキューバの新聞に「痛ましいのは原爆が投下されて14年たった今年も後遺症で多くの人が亡くなっていることだ」「資料館では、胸が引き裂かれるような場面を見た」と投稿しています。

2003年にはゲバラの同志であるキューバもカストロが広島を訪問し、資料館のノートに「このような野蛮な行為を決して犯すことのないように」と記しました。

そしてキューバに戻った後は、「あの攻撃はまったく必要のないもので、モラル上も正当化できない」「日本国民は一言も恨みを発しなかった。それどころかそのようなことが二度と起こらないように平和を願う記念碑を建立した」「人々はあの地を訪れるべきだ」と国会で演説をしています。

まとめ

いかがでしょうか。

原爆と言うとどうしてもアメリカとのやり取りばかりが取り沙汰される傾向にありますが、キューバ危機を成功に導いた革命家たちがこのように述べているということは非常に興味深いですよね。

チェ・ゲバラは特に広島に残る傷跡を残虐なものとして捉えました。

また、彼ら以外にもマザーテレサやダライ・ラマなど、世界的に有名な人物が広島を訪問しているのです。

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