南米の毛沢東と呼ばれるチェ・ゲバラの人物像とは

キューバ革命を成功に導いた革命家、チェ・ゲバラという人物を知っているでしょうか。

チェ・ゲバラは赤いキリスト、あるいは南米の毛沢東とも呼ばれています。

毛沢東と聞くと社会主義を思い浮かべますよね。

確かにチェ・ゲバラもキューバを社会主義に導いた張本人でした。

南米の毛沢東と呼ばれるチェ・ゲバラは一体どんなような人物だったのでしょうか。

ここではチェ・ゲバラの人物像について解説します。

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南アメリカ縦断中にマルクス主義に傾倒

チェ・ゲバラはブエノスアイレス大学医学部に在学している間にいちど、そして卒業した後にいちど、南アメリカを縦断する旅に出かけました。

その時に差別や社会的な格差を目にし、また鉱山労働者やハンセン病患者などに出会い、社会的弱者に関心を持つようになったのです。

その頃の南米はアメリカを中心とする資本家に搾取されており、貧富の差が歴然としていました。

そのような問題に関心を持ったチェ・ゲバラは、徐々にマルクス主義に傾倒していくことになります。

確かに南米の毛沢東と言われると中国の社会主義を思い浮かべますが、チェ・ゲバラが目指した社会主義というのは市場経済を拡大させようとしている中国やベトナムの社会主義とは違い、極めてマルクス主義に忠実だったと考えられています。

徹底した理想主義者

そんなチェ・ゲバラは極めて理想主義者であったと言われています。

また、理想主義者といってもいちど富や名声を手にすると、その理想を追わなくなったり、考え方が変わったりしますよね。

チェ・ゲバラは首尾一貫性のある理想主義者であり、キューバの市民権を得てカストロに次ぐ第二位の人物になったとしても、理想を捨てることがありませんでした。

経済が傾いても、「労働者の疲労による停滞は献身的な労働によって賄うことができる」と考え、自ら農場や工場に赴き、ボランティアという形で仕事をしていたのです。

それだけではなく、国立銀行総裁や工業相を歴任しながらも、彼は労働者たちを激励し続けました。

ソ連型社会主義を批判

毛沢東と聞けば社会主義、そして社会主義と言えばソ連を思い出す人もいるでしょう。

しかし、チェ・ゲバラはソ連型社会主義のことも批判していました。

そしてソ連の援助を嫌がり、ソ連の援助を必要だとするカストロとは決別することになったのです。

このように、自らの理想をしっかりと持っており、社会主義に対する考え方にも持論がありました。

その考え方を曲げなかったということで、今でも多くの人から尊敬されているのです。

まとめ

いかがでしょうか。

南米の毛沢東と呼ばれたチェ・ゲバラですが、キューバやボリビアでは英雄として崇められ、今でも多くの人に慕われています。

彼の死後50年を記念して行われた式典では、約80,000人の国民が集まったと言われています。

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