チェ・ゲバラの伝説にはどのようなものがあるのか

チェ・ゲバラといえば、彼の肖像画を見たことがないという人はいないのではないでしょうか。

その肖像画はシャツのデザインなどにも使われており、壁画や銅像にも利用されています。

そんなチェ・ゲバラはキューバ革命で有名ですが、彼は本当はアルゼンチンでした。

あの偉大な音楽家、ジョン・レノンにも世界で最も格好いい革命家だと評されたチェ・ゲバラには、一体どのような伝説があるのでしょうか。

ここではチェ・ゲバラの伝説について解説します。

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とても優秀あった

医師と言えば、エリートな職業というイメージがありますよね。

医師免許を取れば当たり前のように医者になる、と思いませんか?

革命家チェ・ゲバラはもともと医師でした。

アルゼンチンのブエノスアイレス大学医学部に通い、6年の過程を3年で終了してしまった優秀な人物であり、その後の戦闘にも20キロの本を抱えて行ったという伝説が残っています。

しかし彼は政情不安なアルゼンチンで軍医になる気になれず、カストロ率いる反乱軍の軍医となったのです。

私利私欲にまみれない理想主義者だった

どんな理想主義者であっても、例えば一度富と名声を手にしたら人が変わってしまう、等という印象がありませんか?

チェ・ゲバラは極めて理想主義者でしたが、その理想と行いがマッチした人でもあったと言われています。

学生時代にオートバイで南アメリカを縦断した際、差別を見て、さらに鉱山労働者やハンセン病患者などを目にし、弱者のために働こうとしました。

そしてキューバ革命を成功に導き、キューバでカストロに次ぐ第2位の地位を築きながら、それでも弱者のために働くという事を忘れなかったのです。

農場や工場に行き、彼は労働者を激励し続けたという伝説が残っています。

妻を熱烈に愛した

革命家チェ・ゲバラも一人の男性ですから、その人生には愛する女性がいました。

彼は二度の結婚をしていますが、特に二人目の妻、アレイダのことを熱烈に愛したと言われています。

彼が骨折した時にアレイダが使った黒い絹のスカーフは、ゲバラの棺に納められました。

生存中はアレイダに対し、「熱烈に私を愛してくれ」と書いて手紙を残しています。

まとめ

いかがでしょうか。

革命家チェ・ゲバラが残した功績というものは、決して戦闘に関わるものばかりではありませんでした。

人と人を繋ぐ力を持ち、人間力にあふれていました。

そのような魅力が今でも人々を魅了しているのかもしれませんね。

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