チェ・ゲバラはコンゴで何をしたのか

チェ・ゲバラという革命家を知っているでしょうか。

彼はアルゼンチン出身の医師で、カストロと共にキューバを社会主義にした人物です。

しかしそんなチェ・ゲバラはコンゴでも活躍をしています。

南アメリカのキューバとアフリカのコンゴと言えば、なんだか関係がないように見えてしまいますよね。

彼はコンゴで一体何をしたのでしょうか。

ここではチェ・ゲバラのコンゴでの活動について紹介します。

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コンゴ動乱

1960年、ベルギー領だったコンゴはコンゴ共和国として独立しましたが、その後反乱がおこりました。

これは冷戦時に2つの柱をなしていたアメリカとソ連の代理戦争とも評され、その動乱の間には約10万人が殺害されたと考えられています。

動乱は1965年に収まりましたが、その後も今後国内では政情が不安定な状態が続いていました。

チェ・ゲバラはそんなコンゴに行き、革命を起こそうとしたのです。

しかし実際は、コンゴの人々は革命には関心がなく、ゲバラの活動はうまくいきませんでした。

チェコ・スロバキアに潜伏

ちょうどコンゴにいた時から再び喘息の発作が起こるようになってしまったため、ゲバラはコンゴを離れ、チェコ・スロバキアにて潜伏していました。

偽名を使い、髭を剃り、髪型を変えるなどして別人になりましたため、「あのチェ・ゲバラか!?」となることはなかったと言われています。

チェコ・スロバキアを見て「これは社会主義ではなく、その失敗作だ」と述べたことも良く知られていますね。

その後はチェコ・スロバキアを離れ、ウルグアイのパスポートを使ってモスクワを経由し、キューバに戻りました。

新たな革命の舞台を探す

その後、チェ・ゲバラは新たな革命の舞台としてボリビアを選びました。

ボリビアと言えば、ゲバラが大学卒業後に南アメリカ縦断の旅をした時に農業改革が行われていた国であり、ゲバラが「アメリカの搾取から逃れなければならない」と強く意識した国でもあります。

キューバ革命が成功した後、ゲバラは世界革命を起こすつもりでしたが、コンゴがうまくいかなかったために今度はボリビアを選んだのです。

しかし、ソ連を敵に回してしまったこと、そして土地を手に入れた農民たちの支援を得られなかったことから、チェ・ゲバラの反乱軍は苦戦を強いられてしまいました。

まとめ

いかがでしょうか。

チェ・ゲバラはコンゴに向かいましたが、コンゴでは特に何かを成し遂げるということはできませんでした。

むしろ行ったものの革命を起こすことができず、1年ほどしか滞在しなかった、と言えるでしょう。

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